伊東春恵は今年48才になる。

大学を卒業して、外資系の投資会社に就職した。
負けずぎらいな性格で、同期の誰よりも大きな売上をあげた。

気ままに付き合うボーイフレンドはいたが、長く付き合う恋人はできなかった。
気づくと30歳を過ぎていたが、それでもいいと思っていた。仕事は面白く、休みなく働いた。


不規則な生活が少しは改善されるだろうと、友人から半ば強引に猫を譲り受けた。
額にある楕円形の模様が麻呂眉のようだったので、マロと名付けた。

2年が過ぎたある日、仕事を終えて夜遅く家に戻ると、猫の姿がなかった。
ドアや窓はカギがかかっていたし、合鍵を渡した相手もいない。
室内が荒らされた形跡もなく、猫だけが消えてしまったのだ。

数日後、いつも猫が使っていた水飲み用の皿がなくなっていることに気づいた。
いつだったか古道具市で買った、伊万里焼きのレプリカ品だ。
春恵は猫がいなくなったことをようやく実感できた。

ほどなくして、春恵は10年勤めた会社を退職した。
責任ある役職に就いていたが、親が病気で介護が必要なのだと理由を説明すると、引き止める者はいなかった。
佐賀を訪れ、なくなった皿と似た伊万里焼を買った。

食堂で働くことになったのは、屋号に惹かれたからだった。それ以外にはなにも理由はなかった。
夕方になると、店先に集まる猫たちに残り物をあげる春恵の姿をよく見かける。


Photo by
masayuki abe



篠田理髪店に篠田はひとりもいない。

現在、店を切り盛りするのは、二代目の安田である。
もともと安田はこの店の客だった。
髭剃りの泡をタムタムとまぜてみたいと心の中で思ったことはあったが、
自分が店を継ぐことになるとは、夢にも思っていなかった。

篠田理髪店という屋号は、初代の清水がつけた。
独立して店を出すときにまとまったお金が必要で、金策に苦労していた清水は、学生時代の友人である篠田を訪ねた。お金持ちの一人息子である篠田は、親のコネで大手証券会社に務めていて羽振りがよかったからだ。

借金の申し出に、篠田はふたつの条件を出した。
ひとつは、自分の散髪代を一生タダにすること。
もうひとつは、屋号に自分の名前を入れること。

清水は、屋号にこだわるような男ではなかったのでその条件を受け入れた。
カット篠田であろうと、バーバーSHINODAであろうとなんでもよかったのだ。
そのようにして、篠田理髪店はできた。

清水は今年72歳になるが、古くからの常連客だけはいまだに切っている。
ボケ防止みたいなものだと本人は言うが、安田はもう引退してほしいと思っている。

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